昔の映画を見ると、ついついあのころはこんな風だったんだな、というような風俗に目がいってしまう。
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- 出版社/メーカー: 松竹
- 発売日: 2015/07/03
- メディア: Blu-ray
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この映画、タイトルが出てくるまでが長い。張込みに向う二人の刑事が、夜行列車に飛び乗るシーンから始まり、車中が淡々と映されていく。自動ドアなんてないから、まさに飛び乗るのである。
この列車の中の様子が面白い。
東京から佐賀まで行くのだが、まだ蒸気機関車の特急だ。1958年公開の作品だから、東京・大阪間が8時間ぐらいだろうか。丸1日がかりの旅になる。
夜行列車は混雑していて、席がない。二人の刑事は床に直に座る。真夏の暑さだが、もちろん冷房はない。温暖化で夏が変わったと言われるが、この映画を見ると、昔も夏はやはりうだるように暑い。
年配の石岡(宮口精二)は京都でようやく席に座ることができる。若い刑事柚木(大木実)が座ったのは山陽路に入ってからだろうか、いつの間にかランニングシャツ姿で席に座っている。このころは、確かに人前でもランニングシャツで平気だった。銭湯にステテコ姿で通うのは別に非難されるようなことではなかった。
宮口精二は白い開襟シャツにハンチング帽。クールビズなんて言葉はかけらもなかったが、誰もが涼しげな格好をしていた。
張込みをするのは、強盗殺人犯の昔の恋人で、後妻に入っているさだ子という女だ。結核で捨て鉢になっている犯人(田村高廣)が、最後に昔の恋人に会いに行くのではないかという見込みで、柚木と石岡はさだ子の家の前にある旅館の2階から張込みを始める。障子の隙間から家を監視する大木実の「さあ、張込みだ」という声で、ようやくタイトルが画面に流れる。出演者は、大木実、高千穂ひづる、宮口精二、田村高廣、高峰秀子だけで、すぐに本編に戻る。
さだ子の夫は年の離れた銀行員(清水将夫)で連れ子が3人いる。吝嗇で、朝、その日の生活費百円をさだ子に渡して、勤めに出かける。さだ子の日常は、毎日判で押したように変わらない。同じ時間に、夫を送り出し、子供を送り出し、洗濯、掃除を時間をかけて行い、帰ってきた子どもに昼食を食べさせ、買い物に行く。空いている時間はミシンをかけている。平凡で、ありふれた生活。連れ子との小さな齟齬。穏やかだが、特別なことのない日常。旅館の2階から張込みの目が逃さず追って行く。
確かに、あの頃の主婦の日常はあんな風だったろう。毎日、丁寧に拭き掃除をする。風呂を炊く(まだ、薪だ)。毎日、買い物に行く。夫が出かけるときは、玄関先までカバンを持って、見送る。旅館の女将(浦辺粂子)や女中(小田切みき)などからそれとなく、夫婦仲などについて探りを入れるが、よくあのケチな亭主に添っているというほかに、さして問題もない。さだ子は当然のごとく、それを受け入れ、夫にかしずき、従順に振る舞う(夫にかしずく、というような言葉はもう死語だろう)。
柚木は、こんな生気のない女に、昔の恋人だからと言ってはたして男が会いに来るなどということがあるのだろうか、と次第に疑念を持つようになる。
毎日が判で押したように変わり映えしない生活だから、ちょっとしたことが、緊迫したサスペンスを生み出す。
着物に着替えての外出。刑事たちは尾行をする。バスに乗って降りる。広々とした田んぼの中の一本道。さだ子が振り返ったらどうなるのだろう、と見ていてドキドキしてくる(結局は葬式への代参だったのだが)。
雨の中、さだ子が長靴と傘を抱えて、夫に届けるために家を出る。柚木が慌てて追いかける。驟雨なのだろうが、雨脚は強い。煙るような雨の中、さだ子の下駄の鼻緒が切れる。二人以外に人影は見えない。尾行する柚木は、手助けしようかどうか迷いながら、足を進める。このシーンは印象に残る美しさだ。
張込み8日目。この日で張込みを終える予定で、柚木一人が旅館に残っている。物売りがさだ子の家に入り、すぐに出て来る。程なくして、さだ子が出かける。いつもの買い物時間ではない。あの物売りが伝えたのだ。柚木は慌てて追いかける。
さだ子の日傘をさす後ろ姿をカメラが追って行く。弾む気持ちを示すようにくるくると回る日傘が印象的だ。さだ子の足取りは次第に速くなり、小走りになって行く。後ろ姿だけで、さだ子の想いの切迫さが伝わって来る。祭の行列に出くわしたところで、柚木はさだ子を見失う。祭の真っ只中を、柚木は日傘を目当てに探して行くが見当たらない。
駅まで行って、柚木はさだ子が男と一緒にバスに乗ったことを突き止める。急いでハイヤーで追うのだが……。
ここから、クライマックスになるのだが、ここまでストーリーが直線的に進むわけではない。柚木と恋人弓子(高千穂ひづる)とのもつれた関係や、石岡夫妻が進める柚木と銭湯の娘の縁談話がサブストーリーとして描かれる。もちろん松本清張の原作は短編小説なので、このエピソードはオリジナルなのだが、見終わってみるとなくても良いのかな、かえって緩むという気がする。柚木がさだ子に次第に同情していく根拠として、このエピソードが入っているのだが、これはあまり説得力はない。これがなくても、この映画のサスペンスは薄まることはないだろうという気がする。実際見終わってみると、このエピソードのシーンは印象に残らない。それだけ、原作の設定が秀逸なのだろう。張込みのシーンの弛緩と緊迫がもたらすサスペンスは強烈である。
高峰秀子はやはりうまい。さりげない振る舞いや台詞から女の様々な表情が浮き彫りになる。一瞬に焔を燃やす女の情念と運命を受け入れざるを得ない女の哀しみを陰影深く演じている。
監督は野村芳太郎。脚本は橋本忍。このコンビが初めて挑んだ松本清張作品である。最後はやや甘いが、見応えのある秀作である。それにしてもBDで見たのだが、モノクロ画面が本当に美しい。
この映画を、私は見たことがあると思っていたが、どうも勘違いだったらしく、どのシーンも見たという記憶がない。映画化されたのはこれ1本だけだが、テレビでは、驚くぐらいドラマ化されている。それだけ映像化する上で魅力ある素材なのだろう。原作では、張込みをするのは柚木一人なのだが、黒澤明の「野良犬」の設定をまねて、季節を真夏にしたこと、ベテランと若手の刑事二人にしたということを何かの本で読んだ記憶がある。ウィキペディアによると、12回ドラマ化されている。舞台になる場所は様々だが、刑事二人の張り込みという設定は踏襲されているようである。
歴代のさだ子役は、山岡久乃(2回)、福田公子、高倉みゆき、八千草薫、中村玉緒、林美智子、吉永小百合、大竹しのぶ、鶴田真由、若村麻由美。女優にとっては、難役だがやりがいのある役だろう。
私が見たのは、1970年版の八千草薫版だったような気がする。俯き加減の八千草薫の姿は、さだ子にピッタリの感じがする。
「張込み」野村芳太郎監督 1958年公開(松竹) 116分
後記
▶︎原作では、さだ子が男に会いに行く時、割烹着をつけて出かけることになっているが、映画では割烹着姿は一度も見せていないようだ。このころは、割烹着に下駄履きで買い物に出かけるような主婦の姿は普通だったのだろうか。
▶︎さだ子の夫が銀行員という設定だが、原作ではどうだったか。あの頃は銀行員というのは、お堅い職業の代表格だったのだろう。映画では、麻の白い背広を着て出勤する。これも、最近は、あまり見かけないか。
▶︎私が、子どの頃は両親の実家のある山形に帰省で行くことがあったが、もうどんな汽車の旅だったか、あまり覚えていない。トンネルが多くなると煙が入って来るので窓を閉めなさい、と言われた記憶があるぐらいである。
中三の時の修学旅行は、修学旅行専用列車「日の出号」だった。眠れなくて疲れた記憶があるから、行き帰りのどちらかが夜行だったのではないか。3歳年下の弟の時は、もう新幹線を使っていたのをうっすらと覚えている。
▶︎佐賀の町が随分賑やかなのに少し驚いた。ディスクに予告編が入っていたのでわかったのだが、ロケも相当大掛かりだったのがわかる。それにしても、映画の中の祭りはなんという祭りなのか、調べてもよくわかない。
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