番組の最後の方だ。インタビュアーが選手としての晩年の時期について質問をした。
「マイナー・リーグやベネズエラリーグでやったわけですね。あの野茂がというような視線は感じませんでしたか」
野茂は少し怪訝な表情をして答える。
「いや、マウンドに立ちたかったですから。マウンドに立つのが好きでしたから」
「引退というのは嫌でした。引退したらマウンドに立てませんから。実際、引退した後もマウンドに立ちたかったですから」
無精髭にノーネクタイ。およそ、伝説の大リーガー「NOMO」の印象からはほど遠い。インタビュアーの質問に淡々とというか、ポツポツとというか愛想なくこたえていたのが、この辺りから目の奥の方が輝いてくる。
「今、大谷選手ような若い選手が活躍してます。躍動感のあるこれらの選手についてどう思われますか」
野茂の眼が光る。
「やりたいですね。身体が若返れば、またマウンドに立ちたい。どんなボールを投げるのか打席にも立って見たいですね」
インタビュアーがすこし驚いたように、おずおずと質問をする。
「投げ合いたいですか」
間髪を入れす、野茂が答える。
「投げ合いたいですね」
野茂の眼は、遠くを見ていない。今すぐにも、マウンドに立ちたいという現役の眼だ。やはり、この人、野球小僧なのだ、と思わず拍手を送りたくなった。
私が大好きだった松井秀喜は、引退したあと、情熱はうちに秘めていても、その雰囲気はどこか老成した印象がある。今年のイチローは、まだかろうじて現役だが、その偉大さは伝わってくるものの、私には仙人のような存在に見える。
野茂は、違った。身体は太って、顔つきもぼんやりしているのだが、この時の表情はまさに現役の大リーガーだった。この人、やっぱり野球小僧なのだ、と呆れるような感動を覚えた。
私は、今年にわか大谷翔平マニアになった。ほとんどの試合をBS放送で見た。マウンドに立っていても、打席に立っていても、見ているだけでわくわくしてくる。こういう選手は松井秀喜以来だと思う。ある記事で、大谷はゲームチェンジャーだという評があったが、大谷なら何かをしてくれるという期待感も持たせてくれる稀有の選手である。
大谷に関する報道も欠かさず目を通した。その中で、大谷は要するに野球小僧なのだ、という関係者の言葉があった。彼は、お金にもファッションにも車にも、全く興味がない(彼は車の運転ができない)。ただ、興味があるのは野球だけで、それ以外は全く無頓着らしい。同僚のスーパー・スター、マイク・トラウトがチームで一番着るもののセンスがない選手に、ジョークまじりで大谷の名をあげている。理由は、2日続けて同じシャツを平気で着てくるからということだった。
当時、わがままといわれた野茂のメジャー・リーグ移籍は話を聞いてみれば、実に単純な理由だった。そこに、挑戦すべき高いレベルの野球があるから。他のことはどうでもいい。何をいわれてもいい。そこで野球がやりたい。
大谷も同じだ。あと2年待てば莫大な報酬を得ることができるのに、待てなかった。とにかく、高いレベルで野球がしたい。アストロズ戦でバーランダー投手に牛耳られた時、いくらお金を出しても対戦する価値がある、と答えた。次の対戦でホームランを打った。野球小僧の面目躍如である。
今年は野茂の往年の勇姿をよくテレビで見た。BSのメジャーリーグ放送では、雨で試合が遅れたりすると、かつての名選手の活躍をまとめたものをよく放映するのだ。だから、トルネード投法の野茂が2度のノーヒットノーランを鉄製するのを改めて見る機会があった。その若き野茂英雄と、髭面の中年男の姿が、見事に重なって見えてきた。
当時のドジャースのオーナーや同僚の選手たちへのインタビューでも、野茂の偉大さがわかる。唯一無二の存在、とか別格というような言葉が出てくる。すでに、伝説的な存在なのがわかる。それ以後の日本人のメジャーリーガー挑戦のパイオニアであり、また、多くのノモマニアが生まれて、当時ストライキ騒ぎで危機にあったメジャーリーグの人気復興の立役者であったこともよくわかる。
だが、彼が一番偉大なのは、彼が永遠の野球小僧であることだろう。
引退した後もマウンドに立ちたかった。大谷と投げ合いたい。
随分太った野茂が、大谷と真剣勝負で投げ合っている姿が目に浮かんだ。
番組が進むにつれて、野球小僧のバトンは野茂英雄から大谷に手渡されていたのだと、何か不思議な感動を覚えた。
このシリーズ、どういうラインナップになるのかわからないが、野茂英雄は第1回にふさわしい好企画であると思う。
野茂英雄 MLB 12年在籍 123勝109敗 1918奪三振
ノーヒット・ノーラン2回
(ア・リーグ、ナ・リーグの両リーグでの達成は史上4人目)
後記
サッカーの日本代表戦を見ていて、ここにも小僧がいると思った。サッカー小僧中島翔哉だ。なんと楽しそうにサッカーボールを扱うことか。
よろしければ、こちらの記事もどうぞ。
kssa8008.hatenablog.comhatenablog.com