日付のない便り

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徳田秋聲覚書 『和解』を読む  私小説の悦楽

 私は事態の容易でないことを感じた。T―自身にもだが、T―の兄のK―氏に対する責任が考へられた。たとひ其れが不断何んなに仲のわるい友達同志であるにしても、T―の唯一の肉身であるK―氏の耳へ入れない訳にいかなかつた。T―は兼々この兄に何かの助力を乞ふことを、悉皆断念してゐた。勿論この兄弟は、本当に憎み合つてゐる訳ではなかつた。謂はばそれは優れた天才肌の偏倚的な芸術家と、普通そこいらの人生行路に歩みつかれて、生活の下積みになつてゐる凡庸人とのあひだに掘られた溝のやうなものであつた。K―に奇蹟が現はれて、センチメンタルな常識的人情感が、何らかの役目を演じてくれるか、T―が芸術的にか生活的にか、孰かの点で、或程度までK―に追随することができたならば、二人の交渉は今までとはまるで違つたものであるに違ひなかつた。    『和解』徳田秋聲

 

 

 

和解

和解

  • 作者:徳田 秋声
  • 発売日: 2012/10/04
  • メディア: Kindle版
 

 

 

  ここで語っている「私」は徳田秋聲である。 「K―」は泉鏡花(1873-1939)、「T―」は鏡花の実弟、泉斜汀(1880 - 1933)。

 

 『和解』は昭和8年(1933年)に雑誌『新潮』に発表された短編小説。だが、予備知識がなければ、「優れた天才肌の偏倚的な芸術家」が鏡花であり、「普通そこいらの人生行路に歩みつかれて、生活の下積みになつてゐる凡庸人」が斜汀であることはわからない。もちろん、よほど詳しい人でなければ、秋聲と鏡花が、同じ金沢を郷土とし、ともに尾崎紅葉を師と仰ぎ、ほぼ同時期に硯友社で作家としてスタートした同門の作家で、しかも、紅葉の死後、私的にも、文学的にも、大きく隔たってしまったこと、など知る由もない。

 

 

 ところで、K―と私自身とは、それとは全然違つた意味で、長いあひだ殆んど交渉が絶えてゐた。それは芸術の立場が違つてゐるせゐもあつたが、同じくO―先生の息のかかつた同門同志の啀み合ひでもあつた。同じ後輩として、O―先生との個人関係の親疎や、愛敬の度合ひなどが、O―先生の歿後、いつの間にか、遠心的に二人を遠ざからしめてしまつた。K―からいへば、芸術的にも生活的にもO―先生は絶対のものでなくてはならなかつたが、私自身はもつと自由な立場にゐたかつた。その気持が、時には無遠慮にK―の芸術にまで立入つて行つた。そしてK―の後半期の芸術に対する反感が又反射的にO―先生の芸術へかかつて行つた。そしてそこに感情の不純が全くないとは言ひ切れなかつた。勿論K―から遠ざけられてゐるT―に、いくらかの助力と励みを与へたとしても、それは単にT―が人懐つこく縋つてくるからで、それとは何の関係もなかつた。K―への敵意でもなかつたし、認識された陰の好意からでは尚更らなかつた。

『和解』徳田秋聲

 

 「O―先生」は尾崎紅葉。紅葉の死後、硯友社的な作風から離れ、自然主義作家として作家の道を歩いた秋聲と、紅葉の衣鉢を守るかのように、ロマンティズム溢れる特異な作風で、孤高の道を歩いた鏡花。「同門同志の啀み合ひ」とは、直接には秋声が、その代表作『黴』の中で、紅葉の臨終場面を生々しく描いたことにあるらしい。紅葉に心酔していた鏡花からすれば、その場面は、裏切りとも、恩知らずとも取れるものだったのだろう。

 

 さて、ここまできて、戸惑う方も多いだろう。

 秋聲のこの小説は(いわゆる私小説なのだが)、はたしてどこまでが事実なのか。或いはすべて事実なのか。

 この二人の老作家のこれまでの経緯や確執は、説明されてなんとか理解できなくもないが、だが、そんな説明が必要な小説って、変じゃないか。

 その楽屋話的なものを知っていて読む人と、まったく知らないで読む人がいるというのもそもそもおかしくないか。

 だいたい、自分の身辺に起こった話を、そのまま書いてそれが小説になるというのが理解できない。小説=フィクションでないのは、反則と言ってもよいのではないか。

 どうせわかっているなら、なぜ直接、鏡花や紅葉と書かないのか。「K―」や「O―」にする意味が分からない。

 それにしても、自分のことや身内のことをこんなふうに、容赦なく書かれて、鏡花は怒らなかったのだろうか。

 

 私は、研究者ではなく、一愛読者に過ぎないから、こういう疑問は、自分の疑問でもあって、答える資格も準備もないが、ただ、これだけは言えると思うのは、秋聲の小説は、今読んでも、すべてを乗り越えて面白い、ということである。

 

 

徳田秋声はこれだけ読め!

徳田秋声はこれだけ読め!

  • 作者:徳田 秋声
  • 発売日: 2014/01/08
  • メディア: Kindle版
 

 

 特に、昭和8年の秋聲は格別なのだ。

 先年、八木書店より刊行された全集は二段組で42巻(別巻1)。おそらく、明治以降、最も多作な作家の一人であった秋聲にとって、昭和5年から3年間、作家生活最大の低迷期を迎える。低迷期というより、もう終わりだと、自身も周囲も思わざるをえなかった。妻の突然の死、そのあとすぐに訪れた美貌の女流作家とのスキャンダル。自らを恋愛を切り売りするような作品の数々、文壇や世間の非難、プロレタリア文学やモダニズム文学の台頭。秋聲には発表の場もなくなり、社交ダンスに入れ込み、自宅の空き地に生活のためにアパートを建てる。藤村と並ぶ文壇の老大家は、忘れられたように逼塞した。

みんなで来て見ると、脈搏は元通りであつたが、硬張つた首や手が、破損した機関のやうに動いて、喘ぐやうな息づかひが、今にも止まりさうであつた。細君はおろおろしながら、その体からだに取とりついてゐた。額に入染にじむ脂汗あぶらあせを拭き取つたり頭をさすつたり、まるで赤ん坊をあやす慈母のやうな優しさであつた。誰も口を利かなかつたが、目頭が熱くなつた。黒い裂きれに蔽はれた電燈の薄明りのなかに、何か外国の偉大な芸術家のデツド・マスクを見るやうな物凄いT―の顔が、緩漫に左右に動いてゐた。『和解』 徳田秋聲

 

  だが、秋聲は三つの短編小説により、復活する。

 どの作もとりとめがなく、捉え所がなく、不安定で行き当たりばったりのようでいて、読んでいくうちに、その吹っ切れ方が心地よく、次第に満たされていく。いつ読んでも格別の感触に、心が動くのだ。

 三編とも、身辺の人の死を扱っていながら、時に淡々と、時に融通無碍に、時に無遠慮に、時に非情に、死と死に携わる人々が描かれていく。ただし、それは当時川端康成が評したように、「自ら悟りのありがたさを感じられる」というようなものではないのではないか。もっと生臭いが、視線が低いし、声も低いので、何かそんなふうに見えるだけで悟りとはまた距離があるように思うのだが。

 

  

みんなで来て見ると、脈搏は元通りであつたが、硬張つた首や手が、破損した機関のやうに動いて、喘ぐやうな息づかひが、今にも止まりさうであつた。細君はおろおろしながら、その体からだに取とりついてゐた。額に入染にじむ脂汗あぶらあせを拭き取つたり頭をさすつたり、まるで赤ん坊をあやす慈母のやうな優しさであつた。誰も口を利かなかつたが、目頭が熱くなつた。黒い裂きれに蔽はれた電燈の薄明りのなかに、何か外国の偉大な芸術家のデツド・マスクを見るやうな物凄いT―の顔が、緩漫に左右に動いてゐた。

 

 

 斜汀が死んだことによって、秋声と鏡花は思わぬ再会をすることになる。

  

 

その夜の十時頃、私はM―子と書斎にゐた。M―子は読みかけた「緋文字」に読み耽つてゐたし、私は感動の既に静つた和やかさで、煙草を喫かしてゐた。

 それはちやうど三時間ほど前、T―の寝台車が三階から担ぎおろされて行つてから、暫らくたつて、私は私の貧しい部屋に、K―の来訪を受けたからであつた。

「今度はどうもT―の奴が思ひかけないことで、御厄介かけて……。」

「いや別に……。行きがかりで……。」

「何かい、君んとこにアパアトがあるのかい。僕はまた君の家かと思つて。」

「さうなんだよ。T―君家がなくなつたもんだから。」

 K―はせかせかと気忙しさうに、

「彼奴もどうも、何か空想じみたことばかり考へてゐて、足元のわからない男なんだ。何でもいいから、こつこつ稼いで……たとひ夜店の古本屋でも、自分で遣るといふ気になるといいんだが、大きい事ばかり目論んで、一つも纏らないんだ。」

 私もそれには異議はなかつた。

「さうさ。」

「またさういふ奴にかぎつて、自分勝手で……。」

「人が好いんだね。」

 私は微笑ましくなつた。現実離れのしたK―の芸術! しかし、それは矢張り彼の犀利な目が見通す現実であつた。色々な地点からの客観や懐疑はなかつたにしても、人間の弱点や、人生の滑稽さが、裏の裏まで見通された。怜悧な少年の感覚に、こわい小父おぢさんが可笑しく見えるやうな類だと言つて可かつた。

 私は又た過去の懐かしい、彼との友情に関する思出が、眼の前に展開されて来るのを感じた。「高野聖」までの彼の全貌が――幻想のなかに漂つてゐる、一貫した人生観、恋愛観が、レンズに映る草花のやうに浮びだして来た。『和解』徳田秋聲

 

 

 それから、二人は、斜汀の残した未亡人や先妻との間にできた子の身の振りかたの話をしたり、紅葉の旧宅を訪ねたりして旧交を温める。

 短編は、こんなふうに締め括られる。

 

 数日たつて、若い未亡人が、K―からの少なからぬ手当を受取つて、サクラをつれて田舎へ帰つてから、私達は銀座裏にある、K―達の行きつけの家で、一夕会食をした。そしてそれから又幾日かを過ぎて、K―は或日自身がくさくさの土産をもつて、更めて私を訪ねた。そして誰よりもK―が先生に愛されてゐたことと、客分として誰よりも優遇されてゐた私自身が一つも不平を言ふところがない筈だことと、それから病的に犬を恐れる彼の恐怖癖を、独得の話術の巧さで一席弁ずると、そこそこに帰つていつた。

 私は又た何か軽い当味を喰つたやうな気がした。『和解」徳田秋聲

 

 

 この最後の一節の軽妙な語り口。

 そして、唖然とさせる最後の一行。

 見事な締めくくりだ。

 

 秋聲は、日本を代表する大作家だと思っているが、その地味さ故もあってまた読まれることの少ない作家となっている。幸に、金沢市が秋聲、鏡花に室生犀星を加えて郷土の三文豪ということでそれぞれの記念館を作り活発な活動をしている。

 

 一老愛読者として、細々とだが、読んでいきたい。

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徳田秋聲 (21世紀日本文学ガイドブック6)

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  • 発売日: 2017/03/15
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黴

  • 作者:徳田 秋声
  • 発売日: 2012/09/28
  • メディア: Kindle版